「自分だけは大丈夫だろう」「まだ大丈夫だろう」「そんな大変なことになるわけがない」そんな風に、危機的状況に陥った際に楽観視してしまう傾向のことを正常性バイアスと言います。
正常性バイアスは人間の本能として備わっているものなので、完全に防ぐことは難しいものです。しかし、いざというときの危機的状況を回避するためにはこの認知バイアスをコントロール術を身に着けておかなければいけません。
そこで今回は、正常性バイアスの原因と対処法についてまとめました。
いざというとき、先入観や思い込みによって自分や身の回りの誰かを危険にさらさないためにも、ぜひ正常性バイアスについて確認しておいてください。
目次
正常性バイアスとは
正常性バイアスとは、何らかの異常事態に直面した際に、
「自分だけは大丈夫」
「なんとかなるだろう」
「そんなこと起こるわけがない」
「いまの状況は正常な範囲内のことだ」
と判断して、都合の悪い情報を無視したり、過小評価してしまう認知バイアスです。
こんな状況をイメージすると分かりやすいかもしれません。
横断歩道を渡ろうとしたら、横から信号無視の車が突っ込んでくるのが目に入った。けれど心のどこかで「大丈夫だろう」と思いとっさに足が動かない。そばにいた人に手を引かれてなんとか避けることができたけれど、頭が追い付かずしばし呆然としてしまった。
似たような状況を経験したことのある方は多いのではないでしょうか?
正常性バイアスは、社会心理学・災害心理学などのほか、医療用語としても使われ、特に近年では津波や火山噴火といった災害時の初動の遅れ(逃げ遅れ、見逃し)の原因となった可能性があるとして指摘されています。
そして人類全体が未曽有の危機に直面している2020年現在、コロナウイルス対策として外出自粛の呼びかけに応じない人々もまた、正常性バイアスが原因しているのではないかと考えられるのです。
正常性バイアスの原因
正常性バイアスが起こる原因は、脳が過剰なストレスを避けるためです。
人は、過剰なストレスがかかる場面に遭遇すると脳の機能を停止・制限して、その負担を最小限にしようと試みます。
正常性バイアスも、そんな脳機能を制限する仕組みのうちのひとつ。いわば脳の安全装置というわけです。
もしもこの機能がなければ、ちょっとした異常事態に動揺して、その都度心拍数は急激に上昇し、消化器官などにも負担がかかり、不整脈や胃潰瘍といったストレス性の病気が増加してしまうことでしょう。
本来は人間の身体を守るための機能が過剰に働くことで、結果的に身の危険を察知できなくしてしまうのです。
正常性バイアスの特徴
正常性バイアスには大きく2つの特徴があります。
①伝染する
②じわじわ迫る危機を察知できない
それぞれ掘り下げてみていきましょう。
伝染する
災害現場から生還した人へのインタビューなどにおいてよく聞かれるのが、「周りの人が慌てていないので大丈夫かと思った」といったコメントです。
これは多元的無知と呼ばれる集団心理の一種で、「周囲の人が積極的に行動しないので緊急性がないと判断する」傾向のことを指します。
そのため、正常性バイアスによって異常事態を異常と捉えない人が増えれば増えるほど、行動を起こせない人は増えていくのです。
この点については、傍観者効果も関わっていると考えられるかもしれません。
じわじわ迫る危機を察知できない
正常性バイアスによって私たちは、ただちにやってくる危険には対応できても、時間をかけてやってくる危険を察知できないことが分かっています。
これについて、東京女子大学の広瀬弘忠教授の行った実験が非常に分かりやすいです。
実験では、被験者を集めた実験室に、火災を想起させる煙を流し込みました。
その際、2分で流し込んだ場合は半数以上の被験者が逃げ出したのに対して、4分かけて流し込んだ場合は誰も異常を疑わず実験終了を告げるまで室内に留まったそうです。
- 室内に2分で煙が充満した:危険だと察知できる
- 室内に4分で煙が充満した:危険を察知できない
このことから、私たちはじわじわ迫る危機を察知することがより困難であることが分かります。
正常性バイアスの対処法
正常性バイアスは人間の身体を守る機能のひとつではあるものの、過度に働いてしまうと危機察知能力が低下して、むしろ危険を避けられなくなってしまいます。
正常性バイアスに惑わされないための対策法を解説しますので、ぜひ参考にしてください。
避難訓練を日常的に行う
正常性バイアスへの対処法としてもっとも一般的なのが、とにかく避難訓練を日常的に行っておくというもの。
「地震が来たら近所の公園へ集合」「津波が来たら最寄りの高台へ集合」といった具合に行動が決められていれば、もし正常性バイアスが働いたとしても「とりあえず指定の場所へ向かっておこう」と行動しやすくなります。
ただし訓練をする際に大事なことは、「訓練だから」といって手を抜いた対応を取らないこと。また「被害の大きさに関わらずAへ向かう」と一律の対応を決めることも大切です。
「被害が大きいときはA、小さいときはB」といった個人の判断を差しはさむ余地を作ると、正常性バイアスによって逃げ遅れる原因となってしまいます。
普段からあらゆる状況を想定する
正常性バイアスはいざというときの脳の負担を軽減するための機能ですので、日ごろから脳の負担になりそうな状況を想定しておくというのも有効。
もっとも負担になるのは、自分自身の命が危ぶまれる状況や、大切にしている人や物に危険が及ぶ状況です。
いざというときの最適解となる行動まで考えるのは少し難しいので、いざその状況が身に迫ったとき自分はどうなるか?どんな気持ちになるか?真っ先に何をすると思うか?といった想像をして「行動指針」を作っておきましょう。
不測の事態を完全に察知することはできませんので、具体的に何をするべきかは起こってから考える。
その代わり、「こんなことも起こるかもしれない」と可能性のひとつをイメージしておくだけでも、いざというときの脳の負担は軽減できるはずです。
事故や事件を「他人事」で済ませない
あらゆる状況を想定する、と一言でいっても、そう簡単にはできません。
具体的な状況を想定する上では、実際に起こった事故や事件を参考にすると考えやすいでしょう。
このとき、「○○人が被害にあった」といったデータを集めるのではなく、写真や映像によってイメージをふくらませるとより効果的です。
ただしこの方法は、効果が見込める代わりに相応のストレスがかかります。
精神や身体が不安定な状況で行うのには適しませんので、健康で元気なときに行うことを心がけてください。
フィクションから学ぶのも一手
これから起こる危機に備えるなら、すでに起きた事故や事件だけでなく映画・アニメ・マンガなどのフィクションを参考にするのもよいでしょう。
たとえば2011年公開の映画「コンテイジョン」は、2020年4月現在、気味が悪いくらいそっくり……と話題に。
また2004年に連載されたマンガ「エマージング」に対しては、いままさに連載されていると勘違いした読者から「不謹慎だ」と批判が届いたと言います。
フィクションは制作された段階では「まだ起きていない」だけで、「これからも起きない」と約束されているわけではありません。
知識を蓄え、日ごろから未来を考えることに慣れた人の描く未来図は、我々一般人が考えるよりもはるかに精度が高いものです。
そこには、いざというときに動けない人の愚かさも描かれていれば、勇敢に立ち向かう人の姿も描かれています。
情報を鵜呑みにせず思考停止しないことを習慣づける
正常性バイアスにとらわれるとき、人は「そばにいる人」や「与えられた情報」を鵜呑みにする傾向があります。
そのほうが脳を使わずに済むためとても楽ではあるのですが、そばにいる人が常に正しい判断をするわけではありませんし、それはどんなに大きなメディアでも同じです。
知人の話も報道内容もすべて鵜呑みにせず、思考停止せず考え続けることを習慣づけましょう。
まとめ
いまの状況下において、正常性バイアスが一層恐ろしいのは「自分ひとりの問題ではない」という点です。
正常性バイアスによって異常や危険を見過ごしてしまえば、人類全体が危機に陥ります。
「少しくらいなら」「これくらい大したことない」「自分だけは大丈夫」
そんな判断を下しそうになったときは、ぜひ正常性バイアスの存在を思い出してみてください。
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